『日本史に学ぶがんの治し方 ~子宮頸がんの肺転移が自然治癒~』白駒妃登美さん

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博多の歴女として全国を飛び回り、大活躍中の白駒妃登美さんが、以前『メッセンジャー』に登場していただきました。

白駒妃登美さんのブログ
http://ameblo.jp/hitomi-mazenda/

 

『メッセンジャー』のインタビューは、歴史の話が中心ではなく、白駒さんは子宮頸がんの肺転移が自然治癒している経験があり、そのことを中心に語っていただきました。

それでも、がんと向き合っていた話の中で、歴史上の人物もたくさん出てきて、とても面白かったです。
肺に多発転移していた白駒さんの病状は、医師には「この状況で助かった人を見たことがない」と言われたほどだったそうです。

治癒の鍵は、本来の日本人の生き方にあった。感謝して、ご縁を大切にし、誰かの喜びのために生きる。「いま、ここ」を生きる。

がんと戦う、がん撲滅、がんに負けない・・・という、病を敵とみなすアメリカ的な発想は相手に力を与えるだけ。

この心の持ち方は、交感神経を優位にし、活性酸素を大量に発生させ、免疫力を下げてしまう。

そうではなく、がんと和解し、自分と和解し、感謝して自然との調和の中に生きる、まさに日本人本来の生き方が、副交感神経を優位にし、リンパ球を活性化するのだと思います。

転移が発覚して3週間後、抗がん剤治療に入る前に、再びCTを撮ることになりました。

「どうしてまた撮るんですか?」と白駒さん主治医に聞くと、

「治療を待っている間に、たまに消えていることがあるんだよね~」

そして、肺に転移していたがんは本当に消えていました。

主治医の言われた「たまに・・」というのは結構な確率であるということですよね。

「たまに・・・」は決して奇跡ではない。

そんな白駒妃登美さんの原稿より『メッセンジャー』名言特集!

☆☆☆

30年近くずっとやってきたアメリカ型の成功哲学とは全く違う生き方が、日本史の中にあったということに気がついたんです。それはどういうことかと言うと、アメリカ型の成功哲学というのは、常に未来をイメージして、目標やビジョンを立てて、その未来を実現するために今を決めていく。

例えば10年後がこうと決まったら、そのために5年後がこうで、3年後がこうと、いつも逆算して今すべきことを考えるんです。

でも日本人っていうのはそういう生き方じゃなかったんだ、日本人は過去も未来も手放して、今ここに全力投球してきたんだと気がついたんです。今与えられた環境を受け入れて、感謝して、御縁をいただいた人たちに笑顔になってほしいと心から願って、そのために自分ができることを精一杯すると、扉が開いて次のステージに昇っていける。

そこでまた新たな現実が得られて、その環境を受け入れて、感謝して、御縁を大事にして、精一杯生きるとまた扉が開くという循環・・・。

こうやって天命に導かれるような人生を日本人は送ってきたんだって思いました。私は日本人として生まれてきたのに、アメリカ人かぶれした生き方を30年近くも続けてきて何だったんだろうと、すごく後悔したんです。

でも後悔しても始まらないし、気がついたときがベストなタイミングだと思い直して、今この瞬間から日本人として日本人らしく生きる、過去も未来も手放して今ここに全力投球しようと決めました。

それまでは夜になると子どもの寝顔を見るたび、涙が止まらなくて眠れなかったんです。いつまで生きられるんだろうと思うと、不安で不安で・・・。でも日本人として日本人らしく生きると決めたら、その日から夜ぐっすり眠れるようになったんです。

そのとき気がついたのは、人間の悩みというのは、ほとんどが過去を後悔しているか、未来を不安に思っているかのどちらかで、今この瞬間に悩みがあるケースって本当は少ないということ。

中には「今でしょ」という人がいるかもしれないけれども、そういう人はもしかしたら時間軸は今にあっても、視点が「ここ」っていう一点に定まってないんじゃないかと思います。

例えばもっといい環境や御縁があるんじゃないかと気になって、周りをキョロキョロ見回していたりとか、人と比べて劣等感を感じたり。あるいは、人にどう思われているのかを気にし始めると多分悩みはつきないですよね。

だから時間軸を「今」に合わせて、視点を「ここ」っていう一点に定めたときに、多分悩みは雪のように消えてなくなるんじゃないかと思うんです。

『メッセンジャー42号』
http://www.taka-messenger.com/

 

☆☆☆

今年もあります!この日はたくさんの希望に出会えます!!

11月1日(土)希望の祭典!「第3回 がん治っちゃったよ!全員集合!」in 名古屋

~それは決して奇跡ではなかった。余命宣告・末期がん生還者は語る~

【FBイベントページ】
https://www.facebook.com/events/1429293537336997/

 

「あの人は特別だから」「あれは奇跡だから」

たった一人の体験を語るとき、度々、この言葉が返ってきます。

この日は、余命宣告・末期がんから生還した、3人の方に登場していただきます。

「あの人は特別ではない。それは奇跡でもなく、誰にでも起こり得ること」そう感じていただけるはずです。「人間の無限の可能性」に気づき、生き抜く勇気、生き抜く力があふれ出る一日となるでしょう!

自分は大丈夫!そう確信する日となるでしょう。

「医療が変わるのを待つのではなく、患者が医療を変える」そんな第ー歩を踏み出します。

大きな感動を呼んだ第1回名古屋公演、第2回宮崎公演。

第3回は再び名古屋にて、さらにバージョンアップしての開催。講演、歌、音楽、トークセッション、質疑応答と、盛りだくさんな企画をご用意しています。笑いと希望に満ちあふれた祭典にどうぞお越しください!

☆出演者☆

【5年生存率ナシの肺小細胞がんから18年!】
テーマ ~笑いは最高の抗がん剤~
いのちの落語家・作家
樋口 強(ひぐち つよし)

【余命半年の腎臓がんから15年!】
テーマ ~命はそんなにやわじゃない~
魂のシンガーソングランナー
杉浦貴之(すぎうら たかゆき)

【余命半年の多重がんから21年!】
テーマ ~きっと良くなる 必ず良くなる~
「がんを明るく前向きに語る 金つなぎの会」代表
広野光子(ひろの みつこ)

☆コーディネーター☆
【5年間生存率20%の食道がんから8年!】
「がん患者さんとともに歩む めぐみの会」代表
織田英嗣(おだえいじ)

【イベント詳細】

☆日時☆ 11月1日(土)
開場12時20分 開演13時 終演17時

☆場所☆ ウィンクあいち 小ホール(5階)
〒450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅4-4-38
http://www.winc-aichi.jp/

☆料金☆
前売 お1人様での申し込み3500円
ペアでの申し込み6000円(1人あたり3000円)
3人以上の申し込みの方は、1人3000円になります。
当日 4000円(残席あれば)
※大人・小人 同額になります。
※ペア申し込みは、同時申し込みのみとなります。後からのペア申し込みには変更できませんのでご注意ください。

☆お支払い方法☆
お申し込み後、1週間以内に下記までお振込みください。

<郵便局からのお振込みの方> 12180-22880311

<他金融機関からのお振込みの方>
【店名】二一八 【店番】218 【預金種目】 普通預金 【口座番号】 2288031
名義 日本がん治っちゃったよ協会
※チケットの郵送はしておりません。当日、会場にてお名前をお申し付けください。
※振込み手数料は、お客様負担になります。

☆お申込み☆
http://kokucheese.com/event/index/177306/

 

☆お問合せ☆
08036541885 yamasacchi@hotmail.co.jp(山田)

 

☆主催☆ 日本がん治っちゃったよ協会

☆協力☆

めぐみの会 ガンの辞典 チームメッセンジャー 日本チキンハート協会 HINAの会 いずみの会

【出演者 プロフィール】

<樋口強(ひぐち つよし)>
いのちの落語家・作家。1996年(43歳)に悪性度が高く生存率が低い肺小細胞がんを発症。3年生存率5%、5年生存率ナシと言われていた。2001年から全国のがんの人と家族を招待して「いのちに感謝の落語独演会」を開催している。現在は、執筆活動の傍ら、落語と講演をセットにした「いのちの落語講演会」を開催。2010年には、社会に感動を与えた市民に贈られる「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。主な著書は「生きてるだけで金メダル」(春陽堂書店)。http://www.k4.dion.ne.jp/~higuchit/

<杉浦貴之(すぎうら たかゆき>
1971年愛知県生まれ、岡崎市在住。1999年、28歳にしてがん宣告。「早くて半年、2年後の生存率0%」。2005年1月、がん克服者や命と向き合っている人の思いを載せた命のマガジン「メッセンジャー」を創刊。同年12月、ホノルルマラソン出場、2010年、2011年、2013年、がん患者、家族、サポーターたちとともにホノルルマラソンに参加し、参加者全員完走・完笑! 「誰も知らない泣ける歌」「奇跡体験アンビリーバボー!」などにも出演。トークライブ、学校での講演と全国を駆けまわっている。2011年12月『命はそんなにやわじゃない』(かんき出版)を出版。http://www.taka-messenger.com/

<広野光子(ひろの みつこ)>
1941年生まれ、三重県松阪市出身、名張市在住。サンケイリビング新聞社編集局次長として活躍中の1992年に乳がん、翌年卵巣がんと原発の異なる多重がんを患う。余命半年宣告。その後、自らの闘病体験を3年半にわたり産経新聞に連載。読者を中心に結成された患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」の代表を務めて19年になる。著書は「きっと良くなる 必ず良くなる」(PHP研究所)。「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」ホームページ:http://www.e-net.or.jp/user/yokunaru/

<織田英嗣(おだ えいじ)>
1963年生まれ、愛知県愛知郡東郷町在住。平成18年食道がんになり15時間の大手術を行うが、5年間生存率20%前後と知る。その後、「生き方」を180度変えたことで、持病だった高血圧・肝障害・うつ病・アルコール依存症も完治。がんになる以前より身体も心もはるかに健康になり、がん患者さんと共に歩む

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