お腹が好いたらご飯を食べるのに、疲れても休まず、頑張り続けるのはなぜだろう?」

「お腹が好いたらご飯を食べるのに、疲れても休まず、頑張り続けるのはなぜだろう?」

20代のサラリーマン時代、私は「お前は馬車馬のようだな」と言われ、そのことを喜びながら、走り続けていました。

風邪を引いて熱が40度近くになっても、仕事を休むことはありませんでした。一日でも休んでしまったら、会社の中の競争に負けてしまう、自分だけ取り残されてしまうと思ったからです。

毎日滋養強壮ドリンクを飲み、どんな体がだるくても、それはみんな同じだと、体にムチ打って会社に行く。アフターファイブでも、“男のファンタジーの店”で体にムチ打たれ・・・。体からのサインをことごとく無視し続けました。そんな日々を重ねていったのです。

苦しみ抜いた末に幸せがある。今を犠牲にしてこそ、輝かしい未来がある。こんな思いを持ちながら、努力しないと奈落の底に落ちるという“危機感”をかざし、ぼくは自分の信じたレールの上を疾走していたのです。

たまにご褒美だと飲みにいっても、体にとっては負担が増すばかりで全く休養にはなりませんでした。ご褒美だと“男のファンタジーの店”に行っても、ふと我に返って、「行くまでのあのテンションはなんだったんだ!」と、自分を責めてみたり・・・。男性の皆さんのうなずきが見えます。

ぼくにとってがん発症はターニングポイントとなり、今はずいぶんと生活が変わりました。

昔の癖で「この先大丈夫かな?」と時々不安を口にするぼくに、妻は、「あんまり頑張らないで。いざとなったら私が働くから!」と言ってくれます。

だから私は何かを成し遂げようという覚悟がなかなか決まらない(笑) 。

ぼくの行く道には、逃げ道も、退路もいっぱいありますが、ときには逃げながら、ときに留まりながら、退きながら、自分の感覚を信じて、ゆっくり自分のペースで進んでいけばいいと思っています。「前へ、前へ」ばかりでは、行き詰って苦しくなってしまいますよね。

夢へ向かって踏み出している人の話を聞いたり、全力で人生を走っている人を横目にしたりすると、「このままでいいのか」と焦ります。そしてそんな自分を責めるパターンに、この私はよくハマり込みます。

でもいいのです、自分を責めて。自分を責めている自分を責めなければ、いいのです。ややこしい(笑)。

責めた後は、思い切り自分を慰めて、褒めてあげればいい。

「人は人、自分は自分」

休まず走り続ければ、必ず、体は悲鳴を上げます。痛み、違和感、不快感、あらゆるところに不調が出て、“症状”として現われてきます。少しの無理が、頑張りすぎが、飲みすぎが、食べすぎが、年月をかけて積み重なり、突然、症状として出現するのだと思います。

症状は体からのサイン。

「楽しくて、夢中だから、全然元気だよ」
と言いながら、体のサインに蓋をしてしまわないように・・・。

心と体の症状を治そうとすることも大事ですが、症状が出たとき、心と体が自分を治そうしているという視点に立つことも大事。

そう思ったら、心も、体も、とても愛おしくなりますよね。

病気になる前の28年間、ぼくはずっと自分から逃げ続けていました。「このままじゃいけない」「本当の自分を生きていない」という思いがときおり湧き上がってくるのですが、すぐにふたをし、自分と向き合うことから逃げ続けていました。

体がどんなに辛くても、心にどんな違和感がやってきても、「この道しかないんだ」と自分に言い聞かせ、本当の自分からの声に耳を塞ぎ、目の前の道を逃げるように走り続けました。

しかし、逃げ切れるはずはなく、つかまった。いや、つかまりたくてがんになったのかもしれません。最後は心身が極限に疲労し、辛すぎて、「病気して入院でもしないと休めない。このサイクルから抜け出せないな」と思っていました。そしてそれが本当に現実となったのです。

がんは「いいかげん、こっちを向け!」という、本当の自分からの命懸けの最後通告、レッドカードだったのだと思います。

「もっと体を大事にしろ!自分を大事にしろ!もっと自分と向き合え!本当の自分を生きるんだ!」

きっと、体を良くない方向に導く習慣が続き、ある一定のラインを越えたときに、症状が現れるのだと思います。

ぼくの場合、その限界がかなり低い。お酒を飲んだら即、頭痛。食べ過ぎればすぐに腸のあたりが痛みだし、無理して動き続ければ、体のあちこちに炎症が起こります。こんな体に今は感謝しています。がんに至るまで体の不調に気づかなかった20代より、今のほうが健康と言えるのかもしれません。

症状はブレーキとしての役割もあると思います。痛みが出たら、不快感が出たら、違和感が出たら、今進むべき道、選択しようとしている道が、自分にとってふさわしい道なのか、立ち止まって感じてみましょう。

心のことでいえば、不安や心配もブレーキ。排除するものでなく、絶対に必要なもの。イケイケの情熱と気合いだけだったら、ブレーキの壊れたダンプカーみたいで危なっかしくて仕方ないです。

ぼちぼち、ゆっくり、ときには立ち止まりながら目的地を目指しましょう。

すべてに「腹八分!」

簡単なようで、なかなか難しいぼくの長年の課題です。これって実は、自分にも、周りにも、地球にも優しく、良いことだらけです。

コメントがありません

感想を書いてくださいね