希望のサバイバーさんの紹介です。~ステージⅢの胃がんを克服して~

 

「がん治っちゃったよ!全員集合!」ブログより
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【AKIRAさん その①】

AKIRAさんというミュージシャンに出会いました。魂から湧き出る歌を歌い、どの曲にも観客は涙し、ライブ会場が愛に満ちあふれます。その領域に行くまでには相当の人生経験と修行を積まないと手が届かないと思わせるステージを見せてくれます。

AKIRAさは1959年日光市生まれ。23歳からニューヨークアンディー・ウォーホルから奨学金を受けニューヨークアカデミーに入学。アテネ、フィレンツェ、マドリッドなど、世界100カ国を旅し、帰国後は小説家、画家、ミュージシャンなど多才ぶりを発揮しています。処女作『cotton100%』は多くの自殺志願者を救い、《NHK 私の100冊》に選ばれています。

と、そんな輝かしい経歴の中で、20代の頃は、ニューヨークでホームレスになったり、麻薬の売人になったり、人生のどん底を味わったそうです。危険な目にも何度も遭って、20回以上死にかけたと言われています。そんなAKIRAさんに、2012年、50代にして新たな試練が訪れます。

ライブ中に吐血、救急車で運ばれる。診断は胃がん、リンパ節に転移もある、ステージⅢでした。

AKIRAさんがどのようにがんと向き合い、乗り越えていったのか、ぼくの発行する『メッセンジャー』の取材としてお話を聞く機会がありました。

AKIRAさんは絶対に死ぬと思ったといいます。なぜなら「がん=死」という観念が強烈に宿っていて、すぐに自分が死ぬ姿をイメージしてしまいます。

最初は「もう悔いはないでしょう。もう死んでもいいでしょう」と思っていたそうです。

そんなAKIRAさんに手術直後、大きな気づきが訪れます。

天井を眺めていると、両親や兄弟、親戚の顔が浮かび、、枕がびしょびしょになるくらい涙があふれ、「自分の命は自分だけの命じゃなかったんだ」と気づいたのだそうです。それまでは「自分の命だからいつ死んでもいい。もう捨てていい」と思っていたのが、「これだけ無数の愛に支えられて生かされているんだ。何が何でも生きてやる」と、大きな変容が訪れました。

ぼく自身も、がん宣告をされたばかりの頃、両親が「医者があきらめても、私はあなたのこと信じるよ。自分の命に変えてでもあなたを守る」という思いを届けてくれました。そのおかげで「何が何でも生きてやる!」というスイッチが入ったのを今でも覚えています。

ぼくはその後、食事療法を徹底的に学び、習った人から「動物性食品は一切食べてはいけない」と言われても、そのくらいのことはた易いと思いました。そして、ありとあらゆるがんを治すための情報をかき集め、実践していきました。生きるためなら、何でもする覚悟でした。この「何が何でも生きてやる!」という強い意志は、治癒に大きな影響を与えたと信じています。

<転換>
生きるスイッチが入ったAKIRAさんが、ぼくの発行する『メッセンジャー』に出合いました。彼のファンがプレゼントしたのです。

『メッセンジャー』には、がんを克服し、輝いて生きている人の手記を中心に掲載しています。AKIRAさんは病室で繰り返し読んでくれます。他の闘病記も読んだそうですが、『メッセンジャー』に登場する人がとても身近な存在に感じて、心に響いてくるものがあったそうです。そして、自分自身で入れたスイッチを揺るぎないものにしてくれたといいます。

そこでAKIRAさんに起きたのが「がん=死」と逆のイメージング。「あ、こんな人が治っている。こうやって治っている」ということがAKIRAさんの中に徹底的にインプットされていき、脳の中の内部情報が書き換えられていきました。がんに対する新たなイメージ、治癒に対する新たな価値観が上書きされたのです。

AKIRAさんはそのときのことをこう表現されています。
「徹底的に自分の内部情報を書き換えて、脳が『治っていいんだよ』というスイッチを入れることがものすごく大切なんだ。『あ、治っていいんだ、俺は』っていうふうに思った瞬間に、体が、脳が、全身にそれを命令していく。だからそのきっかけを与えてくれた『メッセンジャー』の存在は「命の恩人」と言っていいくらいだね。先に治した人の存在はとても大きいと言える」

<素直さ>
AKIRAさんが具体的に実践されたこと。膨大な情報の中でAKIRAさんにとって有効だと感じたのが東京代々木にある、針灸、マッサージ、指圧、気功などを組み合わせた治療をする「赤ひげ堂」という治療院。

さまざまな石を細かく砕き、それを敷き詰めた温熱ベッド。

そして、野菜ジュース。まず、無農薬のにんじんジュースを1日2リットル。それから、青汁は、モンゴル製の天然の重曹で、スーパーで買ってきたほうれん草や小松菜を洗い、それを圧搾式ジューサーでジュースにして飲みました。それはもう徹底的だったそうです。そして、1日1日、着実に積み重ねました。

ここでのポイントは「素直さ」。素直とは何でも鵜呑みにするということではなく、情報に流されず、自分の直感を信じ、良いと思ったものを取り入れること。ぼくの場合は、この直感がよくわからず、何でもかんでも試したので、痛い目にたくさん逢いましたが・・・。まあこれも大切なプロセスだったと思います。

大切なのは、誰かが元気なったから自分もやるというのではなく、自分に合ったやり方を自分の責任で探すこと。この「自分に合った」というのは、体が心地よいと感じること、美味しいと感じること、取り組んでいて楽しいと感じることだと思います。それが苦痛だったら、かえってマイナスになるかもしれません。

しかし、治すのは自分自身の力。こういった療法にも依存せず、“治癒力のサポートを頼む”くらいの感覚で、1日1日、積み重ねていく。そして、体が変わったと体感したら本物だと思います。

AKIRAさんはがんになる前、体温が35.5度ぐらいだったのが1度くらい上がったそうです。まさに体感されていますね。

AKIRAさんは今、とても元気に、日本、世界を飛び回り、たくさんの人々に勇気、希望を与えています。

AKIRAさんの出ているメッセンジャー最新号はこちらからゲットできます。
http://www.taka-messenger.com/category/messenger

☆☆☆

この日はたくさんの希望に出会えます!!

11月1日(土)希望の祭典!「第3回 がん治っちゃったよ!全員集合!」in 名古屋

~それは決して奇跡ではなかった。余命宣告・末期がん生還者は語る~

「あの人は特別だから」「あれは奇跡だから」

たった一人の体験を語るとき、度々、この言葉が返ってきます。

この日は、余命宣告・末期がんから生還した、3人の方に登場していただきます。

「あの人は特別ではない。それは奇跡でもなく、誰にでも起こり得ること」そう感じていただけるはずです。「人間の無限の可能性」に気づき、生き抜く勇気、生き抜く力があふれ出る一日となるでしょう!

自分は大丈夫!そう確信する日となるでしょう。

「医療が変わるのを待つのではなく、患者が医療を変える」そんな第ー歩を踏み出します。

大きな感動を呼んだ第1回名古屋公演、第2回宮崎公演。

第3回は再び名古屋にて、さらにバージョンアップしての開催。講演、歌、音楽、トークセッション、質疑応答と、盛りだくさんな企画をご用意しています。笑いと希望に満ちあふれた祭典にどうぞお越しください!

☆出演者☆

【5年生存率ナシの肺小細胞がんから18年!】
テーマ ~笑いは最高の抗がん剤~
いのちの落語家・作家
樋口 強(ひぐち つよし)

【余命半年の腎臓がんから15年!】
テーマ ~命はそんなにやわじゃない~
魂のシンガーソングランナー
杉浦貴之(すぎうら たかゆき)

【余命半年の多重がんから21年!】
テーマ ~きっと良くなる 必ず良くなる~
「がんを明るく前向きに語る 金つなぎの会」代表
広野光子(ひろの みつこ)

☆コーディネーター☆
【5年間生存率20%の食道がんから8年!】
「がん患者さんとともに歩む めぐみの会」代表
織田英嗣(おだえいじ)

【イベント詳細】

☆日時☆ 11月1日(土)
開場12時20分 開演13時 終演17時

☆場所☆ ウィンクあいち 小ホール(5階)
〒450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅4-4-38
http://www.winc-aichi.jp/

☆料金☆
前売 お1人様での申し込み3500円
ペアでの申し込み6000円(1人あたり3000円)
3人以上の申し込みの方は、1人3000円になります。
当日 4000円(残席あれば)
※大人・小人 同額になります。
※ペア申し込みは、同時申し込みのみとなります。後からのペア申し込みには変更できませんのでご注意ください。

☆お支払い方法☆
お申し込み後、1週間以内に下記までお振込みください。

<郵便局からのお振込みの方> 12180-22880311

<他金融機関からのお振込みの方>
【店名】二一八 【店番】218 【預金種目】 普通預金 【口座番号】 2288031
名義 日本がん治っちゃったよ協会
※チケットの郵送はしておりません。当日、会場にてお名前をお申し付けください。
※振込み手数料は、お客様負担になります。

☆お申込み☆
http://kokucheese.com/event/index/177306/

☆お問合せ☆
08036541885 yamasacchi@hotmail.co.jp(山田)

☆主催☆ 日本がん治っちゃったよ協会

☆協力☆

めぐみの会 ガンの辞典 チームメッセンジャー 日本チキンハート協会 HINAの会

【出演者 プロフィール】

<樋口強(ひぐち つよし)>
いのちの落語家・作家。1996年(43歳)に悪性度が高く生存率が低い肺小細胞がんを発症。3年生存率5%、5年生存率ナシと言われていた。2001年から全国のがんの人と家族を招待して「いのちに感謝の落語独演会」を開催している。現在は、執筆活動の傍ら、落語と講演をセットにした「いのちの落語講演会」を開催。2010年には、社会に感動を与えた市民に贈られる「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。主な著書は「生きてるだけで金メダル」(春陽堂書店)。http://www.k4.dion.ne.jp/~higuchit/

<杉浦貴之(すぎうら たかゆき>
1971年愛知県生まれ、岡崎市在住。1999年、28歳にしてがん宣告。「早くて半年、2年後の生存率0%」。2005年1月、がん克服者や命と向き合っている人の思いを載せた命のマガジン「メッセンジャー」を創刊。同年12月、ホノルルマラソン出場、2010年、2011年、2013年、がん患者、家族、サポーターたちとともにホノルルマラソンに参加し、参加者全員完走・完笑! 「誰も知らない泣ける歌」「奇跡体験アンビリーバボー!」などにも出演。トークライブ、学校での講演と全国を駆けまわっている。2011年12月『命はそんなにやわじゃない』(かんき出版)を出版。http://www.taka-messenger.com/

<広野光子(ひろの みつこ)>
1941年生まれ、三重県松阪市出身、名張市在住。サンケイリビング新聞社編集局次長として活躍中の1992年に乳がん、翌年卵巣がんと原発の異なる多重がんを患う。余命半年宣告。その後、自らの闘病体験を3年半にわたり産経新聞に連載。読者を中心に結成された患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」の代表を務めて19年になる。著書は「きっと良くなる 必ず良くなる」(PHP研究所)。「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」ホームページ:http://www.e-net.or.jp/user/yokunaru/

<織田英嗣(おだ えいじ)>
1963年生まれ、愛知県愛知郡東郷町在住。平成18年食道がんになり15時間の大手術を行うが、5年間生存率20%前後と知る。その後、「生き方」を180度変えたことで、持病だった高血圧・肝障害・うつ病・アルコール依存症も完治。がんになる以前より身体も心もはるかに健康になり、がん患者さんと共に歩む〝めぐみの会”を立ち上げる。

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