2005年ホノルル完走編「思いつくことは、実現するから、思いつくのです」

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2005年ホノルル完走編「思いつくことは、実現するから、思いつくのです」

杉浦貴之です。ハワイについて振り返っています。

1999年の入院当時の「ホノルルマラソンを完走し、ゴールには結婚するパートナーが待っていて、抱き合って喜び、次の日、結婚式を挙げる」という夢。

今回は後編のホノルルマラソン完走編です!

前回は、走ると決意し、半分の夢(結婚の夢は持ち越しのため)が実現するまでの道のりを書きました。

【2005年ホノルル前編】
「2005年、自分を病人扱いするのをやめ、走ると決意し、元気な自分の未来を描き始めたら・・・」
http://ameblo.jp/lifeisstrong/entry-12053009263.html

【2005年ホノルル後編・完走編】

「命を縮めないでね」

母は淡々と言いました。

2005年11月16日、母の誕生日、ぼくは母に電話を掛ました。ホノルルマラソンまで後1か月と迫っていた頃。

命を縮めないでね・・・。母の明るい声が心に突き刺さり、ぼくはしばらく目を閉じました。

母にこう言われなければ、何が何でも、這ってでもゴールを目指したでしょう。ひとりよがりに命を縮めようとしていた自分自身を反省しました。

ひとりの命じゃない。命を懸けるほどのことでもない。

ただ楽しもう!ベストは尽くすけど、絶対に無理はしない。目標は、笑顔で元気に帰ってくることだと胸に刻んだのです。

2005年12月11日、がんの手術から6年後、ついにぼくはホノルルマラソンの舞台に立っていました。

パートナーはいなかったため、「ゴールで奥さんを待たせて翌日結婚式を挙げる」という夢は叶いませんでした。その夢は次回の楽しみに。

ホノルルに誘ってくれた恩人の中里さんは9月に体調を崩されましたが、ぼくがお見舞いに行った頃から食事も摂れるようになり、体重も増え始め、元気にホノルルに来ていました。

 

まだ日も昇らない早朝5時、スタートの号砲が花火とともに鳴らされ、約3万人のランナーがいっせいにスタートを切りました。

大混雑の中、ゆっくりと走り始め、10分経過した頃、ようやくスタートゲート見えてきました。ここをくぐってようやく本当のスタート。“スタート”と大きく書かれた文字が「よくここまでたどり着いたね。おめでとう」と言ってくれているようで、もうすでに涙が込み上げてきていました。

クリスマスのイルミネーションに彩られた街の景色、ランナーたちのワクワク・ドキドキ感に包まれた独特の熱気。ぼくは確かにこの場所に戻ってきたのです。

早朝だというのに沿道にはたくさんの観客が並び、大きな声援をくれる。ぼくはそれに笑顔で応え、ときにはハイタッチしながら走っていく。

目は常にきれいなお姉さんを追っかける。まさに、にんじんを目の前にぶら下げた馬。いやいや、楽しすぎます!ずっとずっと笑って走ろう!

ダイヤモンド・ヘッドを越え、下りに差しかかったころ、朝陽が昇ってきました。

 

暖かい太陽が、空をゆっくりと赤く染めていく。たまらなくきれいです。そんな情景とあいまって、ぼくの心にいろんな感情が湧き上がってきました。

無情ながん宣告に死を覚悟し、絶望に打ちひしがれた日々もありました。もうだめだと思ったときもありました。しかし今、こうして再びホノルルマラソンを走っている。

 

しみじみ思いました。

「夢をあきらめなくて本当によかった」

頬をなでる風、したたり落ちる汗、足の痛みも、少し乱れた呼吸も、少し淫らな心も、すべてが生きている証。すごい!ぼくは生きている!生きていることが嬉しくてたまらない!

 

ぼくは笑い続けることができませんでした。泣いた、泣いた。走りながら泣きじゃくりました。くしゃくしゃに崩れた顔を見せたくなかったので、汗を拭くふりをして、手で顔を覆いながら走りました。

そして、自然と感謝の気持ちが湧いてきました。両親、家族、親戚、友人、ぼくを支えてくれているたくさんの人々、これまで出会ってきた人々、それぞれの顔を思い浮かべては「ありがとう、ありがとう」と伝えながら走ったのです。

楽しくて、嬉しくて、感謝しながら走っていたら、一度も歩くことなく、あっという間にゴールを迎えてしまいました。涙、涙の超感動のゴールを思い描いていたのに、ゴール直前では、終わってしまうことが寂しくてペースを落としたくらいです。

2005年ホノルルマラソン挑戦

タイムは5時間28分、泣いたり、笑ったりしながら走り続けた42.195キロ。もっともっと走っていたいと思いました。そう思えるくらい力がついていたことがまた嬉しかったです。3か月前は1キロ走っただけで倒れていたのですから(詳細は前編にて)。

中里さんもぼくのわずか1時間後に見事にゴールを迎えた。3ケ月前、物が食べられず、あんなに痩せ細っていたのに・・・。

日本に帰ってくると、口々に言われました。

「杉浦さん、本当に元気になったね~! 顔色がホノルルに行く前とじゃ全然違うよ!全く別人じゃわ。こらすごい。何をしたと? なんでそんげ走れるほど元気になったと?」

ぼくはこう答えていました。

「いや~、走れるほど元気になったんじゃなくて、走ったから元気になったんですよ」

練習を開始した当初は、1キロ走っただけ立てなくなりました。たとえ見切り発車でも、準備不足でも、周りから「とても無理」と思われていても、ぼくは自分を信じて一歩を踏み出したからこそ、実現したのです。

電信柱1歩分、その小さな一歩一歩を積み重ねることによって、ぼくはわずか3ヶ月半でフルマラソンを走れるようになっていました。

「走ったから元気になった」

ぼくの中から自然に出てきた言葉です。

自分自身が「走れない」と決めつけ、「まだまだ無理だ」という言葉を体に浴びせているときは、体はその思考と言葉に反応し、本当に思うように動いてくれませんでした。いや、それこそ、“思うように”動いていたということなのかものしれません。

それが「ホノルルを走る!」と決め、ホノルルのゴールシーンをありありとイメージし、「オレは元気だ。大丈夫!」という言葉を発し続けたとき、体がその思考と言葉に呼応し、徐々に元気になっていくのを実感できました。

がんを最も治りにくくしているのが「がん=治らない」という決めつけ、思い込みだと思います。ネガティブな「決め付け」「思い込み」をぶっ壊して、人間の可能性を信じ切ることができたとき、人間は信じられない力(本来持っている力)を発揮するのだと思います。そのことを自分自身の体験で実感でき、ぼくだけでなく、中里さんもその姿で証明してくれました。

中里さんの想い。(メッセンジャー7号より抜粋)

「やりたいと心から思い、やろうと決心し、希望をもって行動に移したことは、あきらめなければ必ず実現するということを、身をもって学びました。このことは私にとって何ものにも変えられない大きな、大きな財産となりました。

フルマラソンを完走したことで、自分でも気付いていなかった潜在能力が活性化されたのかもしれません。このことから、少しでもやってみたいと思うことがあったら、ああだから、こうだから、どうせ・・・などと、やらないうちからできない理由を考えず、まず勇気を出して、一歩踏み出してみたいと思えるようになりました。

『やればできる、動けば変わる』のですね。そして、思いつくことは、実現するから、思いつくのです

 

第5回がんサバイバーホノルルマラソンツアー!!

チームメッセンジャーの新しいホームページ!

過去のツアーのムービー、参加者の声、思いなどが載っていますので、ぜひぜひ見てみてください。

タオル、Tシャツなどのグッズもゲットできます。

http://taka-messenger.com/tm/

①『メッセンジャー』ご注文・定期購読はこちらから!

http://www.taka-messenger.com/

次のトーク&ライブは、

西尾市で8月30日です!

詳細はこちらです!
http://www.taka-messenger.com/event

8月30日(日)  愛知県西尾市「ビーンズ」トーク&ライブ

【時間】 16:00~18:00(会場15:30)

【参加費】ワンドリンク付き!
2,500円 要予約 限定40名!
【懇親会】

18:00~20:00 杉浦さんを囲んで懇親会

参加費:1,800 円 オードブル・ドリンク付
【場 所】

カフェ BEANS
TEL: 0563-56-7917
住所:愛知県西尾市桜町2-6-2
【主催・お問合せ・ご予約】
カフェ BEANS
TEL: 0563-56-7917

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