ハワイ 16年前に描いた夢 「未来の自分を強烈にイメージしながら、今ここを、今この瞬間を生きる」

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ハワイ 16年前に描いた夢 「未来の自分を強烈にイメージしながら、今ここを、今この瞬間を生きる」

 

シンガーソングランナーの杉浦貴之です。

日本は暑いでしょうか?

14日からハワイに来ています!

いぶきが小学校に行く前に、今しかないということで、長期での旅行です。

妻はロミロミを習い、自分はでトーク&ライブしたり、がんサバイバーホノルルマラソンの広報をしたり、日本でてきなかった宿題をしたり、いろいろありますが、今しかできないことを楽しむ予定です。

ほぼ1週間過ぎ、なんともその宿題、仕事はほとんど進んでいません(笑)

さて、ここに来て、過去に参加したホノルルマラソンを振り返っています。

ぜひぜひ読んでみてください。

☆ハワイ 16年前に描いた夢 「未来の自分を強烈にイメージしながら、今ここを、今この瞬間を生きる」

 

16年前のがん宣告から、ここに来ることを夢見て、辛い治療に耐えました。

イメージしていたとはいえ、いろんなことが、まさか、まさか、です。

ここまでのプロセス、少しだけ話します。

■ 夢が叶った

1999年10月、私は28歳にしてがん宣告を受け、突然の入院生活を送ることになりました。

手術の後は、抗がん剤治療。若くて体力のあった私に、とても強力な抗がん剤が注入されました。脱毛、吐き気、ひどい倦怠感・・・その副作用は想像以上でした。しかし、生きる気力を失うほどの苦しさの中、私の心に、一つの夢が芽吹いたのです。

「ホノルルマラソンを完走し、ゴールには結婚するパートナーが待っていて、抱き合って喜び、次の日、結婚式を挙げる」

なぜか、昔から私は妄想家で、起きてもいないことをイメージするのが好きでした。それはネガティブなことも、ポジティブなことも。

そして、病床で湧き上がってきた夢も、ただ見るのではなく、ベッドの上で、ありありと、とてもリアルに描き、実際に夢が叶っていく場面を疑似体験していました。

これまで支えてくれた人々に感謝し、涙を流しながらホノルルマラソンのスタートを切ります。ベッドの上でも実際に涙が出ています。

足は動かすことができませんので、手だけでも振ってみます。沿道で応援してくれる人々とハイタッチ。流れ出る汗、涙、天気、ハワイの強烈な日差し、灼熱の暑さ、漂うにおい・・・すべてをリアルに味わってみました。ゴールでは愛するパートナーが最高の笑顔で私を迎えてくれています。

「ついに夢が叶った!」

また、結婚式でスピーチをする手紙をベッドの上で書き、読み上げては毎晩号泣しました。

「○年前のあの日々から、この日が来ることを信じて歩いてきました。生きることを諦めなくて本当によかったです。妻と幸せな人生を築いていきます。ぼくをここまで支えてくれた両親、家族、親戚、たくさんの仲間たち、本当にありがとうございました!」

巡回のナースや同部屋の患者さんには、きっと頭までおかしくなったと思われていたことでしょう。

退院し、その後5度の腸閉塞で倒れても、「いつか絶対に叶えてやる!」と、この夢だけはずっと諦めずに持ち続けました。どんな状況でも、私は明るい未来を描き続けたのです。

手術から6年後の2005年12月、私は夢の舞台、ホノルルマラソンのスタートラインに立っていました。

大学時代の3時間50分には遠く及ばないものの、ホノルルマラソン、42.195キロを一歩も歩くことなく5時間28分で完走。ただ残念ながら、このときは彼女がいなかったため、結婚の夢は叶わず、夢の半分は持ち越されました。

2005年ホノルルマラソン挑戦

日本に帰ると、周囲の人々から口々にこう言われました。

「何でフルマラソンを走れるほどに元気になったの?」

ハワイに行く前とは見違えるほど元気になって帰ってきた自分がいたからです。私はとっさにこう答えていました。

「走れるほどに元気になったのではなく、走ったから元気になった!」

私は体中にみなぎる「元気」と、一生失うことのない自信を手に入れていたのです。

2008年12月14日早朝5時、ホノルルの上空に花火が打ち上げられ、参加者の歓声の中、スタートは切られました。ついに残り半分の夢が叶うときがきたのです。

手術から約9年、私は妻になる人とともに、ホノルルマラソンのスタートラインに立っていました。

私たちはホノルルの街をずっと笑顔で走り続けました。どんなに苦しくても、笑いを絶やさずに走りました。「逆境こそ楽しむんだ!」というスピリットで、苦しいときこそ笑い続けてきた私の復活の道のりを、ホノルルの『42.195キロ』に凝縮したのです。

翌日、病床で夢描いた通り、私たちはホノルルの教会で、たくさんの仲間に祝福される中、結婚式を挙げました。スピーチもベッドの上でイメージしていた通りでした。

2008年、夢叶い、結婚した時

■ イメージが確信を深める

認知科学者の苫米地英人さんの本「がんを克服できる脳」にこんなことが書いてありました。

「病は気で治る」

“気”とは、気持ちが大事、ポジティブシンキングが大事というレベルものではなく、

「治って当たり前」

と“確信”することと書かれています。

さらに、脳が“納得”し、体の全細胞で“体感”することが大切だとあります。笑って免疫力が上がっただけでがんが消えるわけではありません。もっと別の自然治癒力を働かせる必要があるのだと言います。

それは「強烈な臨場感」を持った「イメージ」によって引き出されるのだそうです。「イメージ」によって治る確信が深まっていく。まさに私が誰に教わるわけでもなく実践していたことでした。

愛知県岡崎市にある「石原クリニック」の石原均先生は言われていました。

がんがいちばん弱いものは、愛。

愛にも、渇愛と神の愛があって、神の愛は依存せずに、自分の中にある潜在意識との対話だそうです。

そしてそれは、なりたい自分をイメージし、「今ここ」に生きること。そのイメージが潜在意識を作っていく。まさに自分への「愛」とのことです。

石原先生の言葉。

「必要なものを引き寄せ、なりたい自分を実現し、『今ここに』に生きる。本来自分があるべき姿をイメージし、その状態になりきる。これは、催眠療法のなかではGIFT(Goal Image Focusing Technique)の方法といいます。繰り返し潜在意識の中にそのイメージが落とし込まれれば、潜在意識はそのイメージにしたがって、無意識のうちになりたい自分に向かって進んでいきます」

■ 死ぬのをあきらめた

Aさんは、昨年11月の「がん治っちゃったよ!全員集合!」にお母さんを連れて行ったそうです。お母さんは、すい臓がんで余命宣告をされていました。

お母さんを無理やり連れてこられたそうですが、会が進むに連れてノリノリになり、最後には「私、治す!」と、完全にスイッチが入ってしまったそうです。そして、私が提案しているように、治った後のご自身の姿をイメージするまでになったのです。

現在、そのお母さん、余命宣告も半年オーバーし、医者からは「何か特別なことをやってるんですか?」と不思議がられているとのことです。

ただ医者からは「そんなはずはない」「おかしい」と散々ネガティブな言葉を言われるそうで、ぜひとも跳ね返してほしいです。

無理やり連れて来られたとしても、参加すると決めているのはご自身です。スイッチを入れるだけでこんなにも変わるんですね。

今年6月のライブでのこと。

途中、未来の自分をイメージしてもらい、その妄想発表会をしました。

そこで余命1年と宣告されていた男性がこんなことを言われました。

『私は死ぬのをあきらめました。生きることにしました』

『その一環として、今年のホノルルマラソンに参加します!』

最初の言葉に大きな力が宿っていました。そして、ホノルルもゴールではなく、プロセスと捉えてくれました。

その方は、体にがんはあるのですが、とても元気に過ごされています。


「未来の自分を強烈にイメージしながら、今ここを、今この瞬間を生きる」

すべてに通じることなのだと思います。

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第5回がんサバイバーホノルルマラソンツアー!!

チームメッセンジャーの新しいホームページ!

過去のツアーのムービー、参加者の声、思いなどが載っていますので、ぜひぜひ見てみてください。

タオル、Tシャツなどのグッズもゲットできます。

http://taka-messenger.com/tm/

①『メッセンジャー』ご注文・定期購読はこちらから!

http://www.taka-messenger.com/

次のトーク&ライブは、

西尾市で8月30日です!

詳細はこちらです!

 

8月30日(日)  愛知県西尾市「ビーンズ」トーク&ライブ

【時間】 16:00~18:00(会場15:30)

【参加費】ワンドリンク付き!
2,500円 要予約 限定40名!

【懇親会】

18:00~20:00 杉浦さんを囲んで懇親会

参加費:1,800 円 オードブル・ドリンク付

【場 所】

カフェ BEANS
TEL: 0563-56-7917
住所:愛知県西尾市桜町2-6-2

【主催・お問合せ・ご予約】
カフェ BEANS
TEL: 0563-56-7917

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