25号「しあわせのかたち」

p1e8a1a8e7b499e383bbe8a38fe8a1a8e7b49925e58fb7

メッセンジャー25号、テーマは「しあわせのかたち ~必ず人間は強くなれるから~」。44ページ。

☆登場人物☆
「すべての出来事にありがとう~弱視と乳がんのおかげで~」の下古谷真由美さん、「しあわせのかたち~全盲の夫婦・目が見えなくてよかった~」の松田始&真紀さん、「前向きでも後向きでもなく ~83歳のがん手術体験記~」の城殿輝雄さん、インタビューは、「必ず強い人間になれるから ~盲目のバイオリニスト」の穴澤雄介さん。

☆連載☆
川口吉代さん「ウルトラゆうすけの闘病記10 ~息子への小児がん宣告から~」
皿井啓之さん「命を懸けて伝えていくこと ~ステップアップ塾長~」

ぼくも(変酋長)、命について語り、マレーシア・ティウロン村での結婚式について書いています。タイトルは「焦らなくていいよ」。

メッセンジャーのお申込方法はこちら!  読者さんの感想!


すべての出来事にありがとう
弱視と乳がんのおかげで ~下古谷真由美(しもふるたにまゆみ)~

p1064935
私にやってきた2つの神様からのプレゼント、「弱視」と「乳がん」。家族の愛と仲間の支えのおかげで、私はこんなにも幸せになりました。
性格も暗く、いじめられていた少女時代。結婚して、子どもも二人できるが、突然の乳がん宣告を受ける。どん底の私を救ってくれたのが、ある物との運命の出会い。そして、そこからたくさんの人と出会い、私は本当に元気で幸せになりました。今は私が元気でいられる秘訣を話します。

下古谷真由美(しもふるたにまゆみ)1960年6月29日生まれ。生まれも育ちも静岡県東部。
<好きなテレビ番組>病院モノ。病気をしたからではなくて、昔から。「白い巨塔」から「ナースのお仕事」まで幅広く。今でも白衣の男性はみんな素敵に見えちゃって困っています。ずっと憧れていたドクターに、駐車場で白衣じゃない姿で出合ったら恋が冷めました(笑)。<活動> 一歩一歩の会 http://www.ippoipponokai.com/


しあわせのかたち
全盲の夫婦「私たちは本当に目が見えなくてよかった ~松田始&真紀~

img_0029
松田夫妻は、ともに全盲である。福岡に生まれた夫の始(はじめ)さんは、「未熟児網膜症」という病気で、小学校4年生ころまでは光を感じられていたが、それ以降は徐々に光を失っていく。京都に生まれた妻の真紀(まき)さんは、「未熟児網膜症」「眼球発育不全」「視神経萎縮症」などと言われたが、はっきりしたことはわからず、3歳で視力を失うことになる(本人の記憶はないとのこと)。
そんな二人が、神様の導きによって、運命的な出会いを果たす。出会うべくして出会った二人は、今何を感じ、何を思い、何を伝えているのか。

松田 始(まつだ はじめ)1968年11月27日、福岡県生まれ、福島県郡山市在住。 (趣味) ギター、ゴスペル、パソコン (仕事) 針灸マッサージの治療院(ひまわり治療院)を自宅で開業しています。(mixiネーム) こじかちゃん TEL 0249ー52ー8051

松田 真紀(まつだ まき)1963年2月9日、京都府生まれ、福島県郡山市在住。 (趣味) 縫いぐるみ集め、読書、アニメ、パソコン (好きな仕事) 主婦業(笑) (好きな言葉)「はじめの一歩」「出たとこ勝負」 (mixiネーム) ピノコ


前向きでも後向きでもなく
83歳のがん手術体験記 ~城殿輝雄~

pc264924
83歳にして受けたがん宣告。「やっぱりそうか」程度の感触で、その日の夜も熟睡できた。神経が鈍いのか、それともボケたのか・・・。実はメッセンジャー変酋長の杉浦貴之くんは、私の親戚である。貴之くんのおばあちゃんが、私の母親の妹にあたり(つまり叔母)、彼とは血が繋がっているということである。いろんな場面で、同じ血が流れているんだなあと感じる。

城殿輝雄(きどの てるお) 大正14年8月15日生まれ。愛知県岡崎市出身、岡崎市在住。趣味:世界旅行(これまでに100カ国以上行っている)はまっていること:こたつ(今も)著書:「私の旅路」「奥殿陣屋よもやま話」「伝記 永井玄蕃頭尚志」他
☆写真右は妻のみつ江さん。☆杉浦変酋長の祖母が、城殿氏の母の妹にあたる(つまり叔母)。


インタビュー

必ず強い人間になれるから
盲目のバイオリニスト・穴澤雄介

p1030070
今号の表紙に登場!先天性の緑内障という目の病を持って生まれた穴澤さん。現在34歳。幼い頃は0.8あった視力も、小学5年生のときの心臓の手術で0.2まで落ち、それから徐々に光を失い、今は全盲である。両親の離婚、父親の会社の倒産、極貧のアパート生活と、穴澤さんは波乱万丈な人生を送ってきた。そんな穴澤さんは言う。「恵まれない状況は、チャンス。そして必ず人間を強くする」と。

穴澤雄介(あなざわ ゆうすけ)1975年千葉県生まれ、東京都在住。筑波大学附属盲学校高等部本科音楽科、同専攻科音楽科を卒業。ヴァイオリン、ヴィオラ、パーカッション、作曲。ポップス、ジャズ、クラシック、現代音楽、ケルト音楽、ラテン音楽等、様々なジャンルのライブ演奏や、大手レコード会社のレコーディングに携わる。http://www5b.biglobe.ne.jp/~anazawa/



連載

命を懸けて伝えていくこと
~ステップアップ塾長・皿井啓之~

sara-1
メッセンジャー23号に登場のステップアップ塾長・皿井啓之さん。塾の生徒さんとのエピソード。
ある生徒のお母さん。「担任は恐い男の先生なんですが、息子は前列の先生のいる教卓の前で、机の上にノートや筆箱でサーキットを作り、消しゴムをF1カーに見立てて『ヒューン』『フォーン』って言いながら、授業そっちのけで自分の世界に入っていました。私、これはどうしたものかと頭を悩ませているんです」
さあ、皿ちゃんはどうこの生徒と向き合うのか・・・。

皿井啓之 1969年生まれ、名古屋市出身、在住。<趣味>  ハーレー  <HP>  http://www.sarachan.net


ウルトラゆうすけの闘病記10息子への小児がん宣告から ~ 川口吉代 ~

yusuke-sakura
4歳で肝芽腫(小児がんの一種)と診断される。母親の吉代(さちよ)さんがドナーとなって、生体肝移植を実施。翌年、肺に再発。今度は、自末梢血幹細胞移植の後、大量抗がん剤治療。肺に再発した子どもの生存率は0%とも言われていた。

9歳になったゆうすけくん。今はサッカーで元気にグランドを走り回り、最近では太鼓を習い始めるほど元気!

抗がん剤治療に目立った効果は見られず、ついに、2004年10月、お母さんとの生体肝移植が行われた。 しかし2005年8月、怖れていた肺への再発が判明。即、腫瘍部分の摘出手術を受けることになる。そしてとうとう、最後の手段といわれる、「自家末梢血幹細胞移植」後の大量抗がん剤治療を受けることになる。

川口吉代(かわぐちさちよ)1975年2月22日生まれ。兵庫県相生市出身、相生市在住。1996年11月3日、結婚。夢:息子たちの手が離れたら、パッチアダムスさんのように、子どもたちの何か役に立ちたい。子どもたちを笑顔にしたい。
川口祐典(かわぐちゆうすけ)2000年1月25生まれ。趣味:サッカー、太鼓。夢:ロボットを作る人。


むぎむぎ日記 「焦らなくていいよ」
変酋長のつれづれ日記 ~杉浦貴之~

20090320194710

今回は「焦らなくていいよ」。「焦る」自分自身とどう向き合っているのか。そこに病気になった原因があり、病気から復活していく鍵があった。そして、交互にやってくる「ネガティブちゃん」と「ポジティブちゃん」と、どう折り合っているのか・・・。
そして、またもや、結婚式。ハワイ・ホノルルの結婚はぼくの夢であった。今度は、妻のあさひの夢が叶った。あさひは8年前に訪れたマレーシア・ティウロン村の人々の温かさに感動し、以来、支援活動を続けながら、何度も現地を訪れている。まさに、その家族の中で、結婚式を挙げさせてもらった。

メッセンジャー編集長兼変酋長&シンガーソングランナー。愛知県出身 杉浦貴之 1971年5月29日生まれ。
28歳のとき、がん宣告。余命も早くて半年と宣告されたが、今はがんになるよりも元気!

hyousi25-ura

☆ 「表紙裏の書」は、荒川祐二さん。写真は大嶽幸廣さん。

コメントがありません

感想を書いてくださいね