47号「治る力を引き出すために ~患者会代表の想い~」

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12月19日発売!メッセンジャー47号は、「治る力を引き出すために ~患者会代表の想い~」。全48ページ。5年生存率30%の食道がんから10年、「めぐみの会」代表の織田英嗣さん。統合医療センター・船戸クリニック院長・船戸崇史先生。「ガンの辞典」編集長・小澤康敏さん。身内と自分のがんと向き合い続けた、民間がんサロン「ホ・オポノポノ浜松」代表の山中圭子さん。卵巣がんⅢ期、腹膜播種を克服し13年で「ガン生還者に学ぶ会」代表の福浦さゆりさん。

☆登場人物☆
「いのちの力を育む場づくり ~5年生存率30%の食道がんから10年~」の織田英嗣さん。「がんと向き合う、本気で向き合う ~身内と自分のがんと向き合い続けて~」の山中圭子さん。「がんが教えてくれた、生まれてきた意味 ~卵巣がんⅢ期、腹膜播種を克服し13年~」の福浦さゆりさん。「体は治るようになっている ~対談~」の医師・船戸崇史先生。「ガン克服のための3つの物差し ~対談~」の「ガンの辞典」編集長・小澤康敏さん。

☆連載☆
小松うるさん「好転カウンセリング~希望を育てよう~」

ゆうさん「ゆうのひとり西遊記 ~白血病を乗り越えてアジア1年間の旅に出る」

杉浦亜紗比さん「ティウロン村の笑顔を守りたい」

私も(編集長)、命について語っています。編集長後記、タイトルは「安心立命に生きる」

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☆ 「表紙裏の書」は広瀬晴美さん
http://www.hirose-harumi.com/

 

☆ 写真は大嶽幸廣さん

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いのちの力を育む場づくり
5年生存率30%の食道がんから10年 ~織田英嗣~

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5年生存率30%の食道がんから10年。がんを転機と捉え、生き方を見直し、以前よりはるかに元気になった。その秘訣、その鍵とは?そして、いのちの力を育む場づくりとして、がん患者会「めぐみの会」を運営するその想いとは?

織田英嗣1963年生まれ、愛知県愛知郡東郷町在住。平成18年食道がんの宣告を受け15時間の大手術を行うが、5年間生存率20%~30%と知る。その後、「生き方」を180度変えたことで、持病だった高血圧・肝障害・うつ病・アルコール依存症も完治。がんになる以前より身体も心もはるかに健康になり、がん患者さんと共に歩む〝めぐみの会”を立ち上げる。http://www.meguminokai.net/


がんと向き合う、本気で向き合う
身内と自分のがんと向き合い続けて         ~山中圭子~

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両親の介護、ご自身のがん体験、がん友のサポートを通じ、医療と命と本気で向き合っていく。そこで必要と感じたのが、がん患者同士がサポートし合える場づくり。経過観察をより楽しく過ごすために必要なことを共に考える場も提供している。

山中圭子1952年、静岡県の浜松市生まれ。日本大学芸術学部卒。在学中からフリーライター、レイアウターとして働き、卒業後は大日本手印刷(株)企画部でフリーのプランナーとして働く。1986年、企画デザインを行う株式会社デュプラスを設立。2001年、両親の老いにともない浜松市にUターン。2011年、扁桃がん発病。2015年、民間がんサロン「ホ・オポノポノ浜松」をスタートさせる。


がんが教えてくれた、生まれてきた意味
卵巣がんⅢ期、腹膜播種を克服し13年  ~福浦さゆり~

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悩み苦しみながら、仲間に助けられながらたどり着いたこのとき、この場所。卵巣がんⅢ期、腹膜播種を克服し、13年。患者会を通じて私が伝えていること

福浦さゆり長崎県在住 2002年38歳の時に卵巣ガンⅢ期。5年生存率30%。手術と抗がん剤治療の後,食事や心の持ち方など生活習慣を見直し,ビワ療法などの自然療法を実践して生還。現在は「ガン生還者に学ぶ会」代表として地元で活動している。http://www1.bbiq.jp/luckycatbee/


体は治るようになっている
インタビュー       ~医師・船戸崇史~

プロフィール
統合医療クリニック・船戸クリニックの船戸先生にお話を伺いました。出会った患者さんに導かれるように統合医療への道に進んでいった船戸先生。そんな中、先生自身もがん宣告を受けます。医師として、患者として、健康に「生きる」ために大切なことを伝えてくださいました。

船戸崇史1959年岐阜県生まれ。1994年「船戸クリニック」開業。西洋医学のみでなく、東洋医学、代替医療等を取り入れた統合医療により、独自の診療を続けている。また、在宅医療に力を注ぎ、クリニックには、リハビリやグループホームなどの介護サービス施設、自然食レストランも併設されている。著書多数。映画『つ・む・ぐ』に出演。http://www.funacli.jp/


ガン克服のための3つの物差し
インタビュー       ~「ガンの辞典」編集長・小澤康敏~

一人
「ガンの辞典」というがんに関する情報サイトを運営されている小澤康敏さん。5年ほど前、私もインタビューしていただきました。今では「がん治っちゃったよ!全員集合!」の発起人として一緒に活動もさせていただいています。小澤さんの提言するガン克服のための3つの物差しとは?

小澤康敏ウェブサイト「ガンの辞典」編集長。元大手抗癌がん剤メーカー勤務。元漢方専門薬局運営。2004年よりガンに関する情報サイト「ガンの辞典」を開設。ガン体験者や患者会、支援団体、医療機関を取材し、掲載している。患者会やイベントのサポート、講演、ワークショップ活動もしている。2014年、10年間の取材をまとめた冊子『ガン克服のための3つの物差し』を発行。http://www.gan-jiten.com/


<連載

ティウロン村の笑顔を守りたい
想いがあふれて ~杉浦亜紗比~

もじもじ
私は「ティウロン村の笑顔を守りたい」という活動をしています。活動を始めてちょうど一年目の2008年、夫の杉浦貴之に出会いました。多くの人に活動を知ってほしくて、私は影響力のある人に広めてもらいたいという下心で、夫にも必死で?手紙を書きました。
その熱意を夫はどうやらラブレターと勘違いしていたようですが(笑)、その活動のお陰もあって、今こうして夫婦となっています。 ここでは、ティウロンの活動以外にも、私が旅した経験を日記として紹介させて頂きたいと思います。

杉浦亜紗比(すぎうらあさひ) 1977年6月21日大阪府に生まれる。愛知県岡崎市在住。『メッセンジャー』編集長・杉浦貴之の妻。美容学校の講師、ヘアメイクアップアーティスト。途上国への旅を重ね、お世話になったマレーシア・ティウロン村への恩返しがしたいと、2007年、一人で募金活動を始める。以後、NGOオイスカがサポートしてくださり、現在、貯水タンクを設置、井戸も完成し、植林などの活動を続けている。2009年長女を、2012年次女を自然分娩で有名な吉村医院にて出産。<WEB>「ティウロン村の笑顔を守りたい」http://tiulon.web.fc2.com/


好転カウンセリング~幸せの見つけ方~
~心理カウンセラー・小松宇瑠~「希望を育てよう」

文中のどこかに入るかなメッセンジャー変酋長・杉浦貴之の良き相談相手&専属カウンセラー

自分だけでなく、たくさんの人に、こまっちゃんこと、小松宇瑠さんの思いと言葉に触れてもらいたく、連載をお願いした。

小松うる 1965年生まれ 2005年より対人援助活動をはじめる。東京都世田谷区内、下北沢にある、「自然体カウンセリング・自分軸コーチング」の『土曜日散歩道』代表。<HPアドレス> http://positiko.web.fc2.com/


ゆうのひとり西遊記
白血病を乗り越えアジア1年間の旅に出る ~ゆう~

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メッセンジャー29号に「しょうがないことなんて何もない!」というタイトルで寄稿させていただいた現在29歳のゆうです。そこにも書きましたが、僕は16歳で白血病を宣告されました。当時、主人公が白血病で亡くなる小説にショックを受けたものの、同時期にテレビで観た白血病患者のドキュメンタリー番組に大きな勇気をもらい、僕は復活への一歩を踏み出しました。ドキュメンタリーに助けられた僕は、今度は自分が映像の力で人を救おうと、大学で映画製作を学びます。そして大学卒業後、自らを主人公にしたドキュメンタリー映画の製作のために、アジア14ヶ月間の旅に出ました。この旅で得た宝物を、これから何回かに分けて、旅日記として皆さんにおすそ分けしていきたいと思います。


編集長後記 「安心立命に生きる」
変酋長のつれづれ日記 ~杉浦貴之~

学校1
心を安らかにして、動揺せず、身を天命にまかせる生き方をあらわす言葉で、死を受け入れ、病を受け入れ、病を通して自分を受け入れると、そこに平穏な心の状態、安心立命がやってくるという。最初は「何が何でも生きてやる!」という精神で立ち向かうことも大事。しかし最終的には、この不動心、平常心に立つことが良い結果を生むと思う。死に対して、不安とか恐怖という緊張ではなく、それを受け入れてリラックスできたほうが、交感神経が優位になりそうだ。

杉浦貴之メッセンジャー編集長兼変酋長&シンガーソングランナー。愛知県出、身1971年5月29日生まれ。28歳のとき、がん宣告。余命も早くて半年と宣告されたが、今はがんになるよりも元気!

 

 

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